はじめに
Harvard Business Review Analytic Services が Workato と共同で実施した最新調査
『FROM THE EDGE TO THE CORE: Bringing Agentic AI to the Heart of the Enterprise』(2025年10月、邦訳準備中) は、企業の AI 活用が、これまでの「生成AI」中心のフェーズから、「エージェント型AI(Agentic AI)」を企業の中核にどう組み込むか という新たな局面へ移行していることを示しています。
生成AIが「知識を生成する」ものであったのに対し、エージェント型AIは、判断し、行動し、学習し、成果に向けて自律的に動く「実行主体」へと進化しています。
この変化は、単なる技術進化ではありません。企業の業務プロセス、オペレーティングモデル、組織の役割分担、その「前提」を変える可能性を秘めています。
レポートの言葉を借りれば:
“Agentic AI has the ability to make decisions and act autonomously to execute tasks and achieve specific goals with minimal human supervision.”
つまり、AI は「指示をこなす存在」から、「目的達成に向けて動く存在」へ変わりました。
1. エージェント型AIは、生成AIとは「質的に異なる」変革技術である
生成AIの価値は知識生成・要約・文章生成といった「知的作業の効率化」でした。一方でエージェント型AIは、次のような「行動領域」まで踏み込みます。
- 自律的な意思決定
- マルチステップ業務の遂行
- さまざまなアプリやデータへのアクセス
- フィードバックを元に行動を最適化
- 複数エージェントが協調し、エンドツーエンドの業務処理を実現
Northeastern University の David de Cremer 氏がレポートで述べるように:
“Agentic AI evolves, learns from interactions, and refines behavior in pursuit of a goal.”
重要なのは、AI が業務単位ではなく「目的達成」を基準に行動するという構造転換です。これは業務フローを「自動化する」のではなく、業務フローそのものを AI が理解し、必要に応じて調整する世界へ向かっていることを意味します。
2. 世界の企業は「試す段階」から「実装フェーズ」へ入っている
HBRレポートの調査(対象:603名のIT意思決定者)では、
- 9% がエージェント型AIをすでに本番導入済み
- 50% がパイロット導入またはユースケースを探索中
→ 過半数が実装フェーズを開始している
さらに注目すべきは、
- 86% が今後2年間でエージェント型AIへの投資を増やすと回答
という点です。
Workiva社 CIO Kim Huffman 氏の言葉が象徴しています。
“Agentic AI is likely to be the biggest shift of our lifetime because this technology is actually leading the transformation of the business.”
つまり、エージェント型AIは、AI活用の「次の主流」として確立しつつあります。
3. しかし課題は深刻 — 「AIへの信頼」と「企業の準備不足」
レポートの中でも特に示唆的だったのが、次の数字です。
「エージェント型AIをコア業務で完全に信頼できる」と回答した企業はわずか6%。
その背景には、企業の構造的な課題が存在します。
- データ品質の不統一
- アプリケーション間の接続不足
- プロセスがAIを前提に設計されていない
- ガバナンス/セキュリティの未整備
- 従業員の心理的障壁と準備不足
HBRは McKinsey の調査を引用し、
“A major rewiring of organizations is needed to unlock the full value of Agentic AI.”
と述べています。
つまり、エージェント型AIの価値を引き出すには、企業そのものの再配線(Rewiring)が必要だということです。
4. 成功企業に共通する3つのパターン
調査では、エージェント型AIの導入に成功している企業に共通するポイントが3つ見えてきました。
① オーケストレーション基盤が整っている
成功企業の多くは、アプリケーション間の接続性を高め、AI が意味のある文脈としてデータを扱える状態をすでに整えています。
「Providing connectivity to applications is very important(82%が重要と回答)」
また、Leader企業の 21% がエージェント型AIの本番導入済みで、Laggardは 1%。基盤整備が導入の成否を分けていることが読み取れます。
② 小さな領域から段階的に導入
Amplitude社では、ITサポート業務の 40% をエージェントが処理。次のフェーズでは 60〜70%を目指すといいます。
“The IT agent has freed up 40% of my team’s capacity.”
まずは小さく始め、学びを積み上げながら次のステップへ進む ― この姿勢が成功確率を高めています。
③ 人材と組織に投資している
Workiva社は、
- AIアンバサダー
- AIチャンピオン
- 全社教育カリキュラム
など、組織がAIと共に働くための体制づくりを進めています。
“We have AI ambassadors in every function… AI champions help us assess and test use cases.”
技術だけでなく、人と組織に向き合うことが導入成功の鍵であることがわかります。
5. ITリーダーが今考えるべき4つの問い
エージェント型AIの導入は単なるプロジェクト管理ではなく、企業の Operating Model をどう再設計するかという本質的な問いにつながります。
私自身、ITリーダーとして次の4点は避けて通れないテーマだと感じています。
① Rewiring(企業の再配線)は最優先の投資対象である
データ統合、アプリケーション接続、セキュリティ/ガバナンス整備。
これらはエージェント型AIの「土台」であり、準備度の高い企業ほど成果を出しているとレポートは示しています。
② 非中核領域からスモールスタートする
低リスク・高効果の領域から始め、成功体験を組織的な学習に変えるアプローチが効果的です。
③ 組織と人材の変革を最優先課題と認識する
HBRでは、
“The change management and reskilling required across every company has been underestimated.”
と警鐘を鳴らしています。
AIが働き方を変えるのではなく、人と組織がAIとともに変化できるかが導入成功の決定打です。
④ プロセスを「AI前提」で再設計する
Tom Davenport 氏は次のように述べています。
“If you are going to use agentic AI, it makes sense to redesign your processes, not just automate the old ones.”
つまり、AI導入とは「既存プロセスの自動化」ではなく、
AIを前提とした「新しいプロセスの設計」へ向かう取り組みなのです。
おわりに ─ エージェント型AIは、企業を再定義する技術である
生成AIの第一波は「業務効率化」を中心に進んできました。
しかしエージェント型AIは、企業にさらに大きな問いを投げかけています。
- 業務プロセス
- データ基盤
- 組織構造
- 人材育成
- ガバナンス
- 役割分担と意思決定
これらすべてを再定義し、再配線する契機を私たちに与えています。
レポートはこう結論づけています。
「準備された企業だけが、エージェント型AIの価値を最大化できる。」
では、今、私たちは何を問うべきなのでしょうか。
「AIをどう活用するか?」ではなく、
「AIとともに、どんな企業を新しく設計するのか?」
この問いに向き合うことこそ、次の競争優位を左右する鍵になるはずです。



