課題は見えた。備える視点も整理できた。次は「どこから、どう動くか」です。 データが示す優先領域と、段階的に前進するための3つのステップをご提案します。
第1回では「導入済み88%(Asia-Pacific 82%)なのに、エージェント活用は一桁台」というギャップをお伝えしました。 第2回では、AIエージェントが構造化されたベンチマーク上で約3回に1回タスクを完了できない理由を、レポートの観察をもとに読み解きました。 今回は、それでも前に進むための具体的な考え方を整理します。
重要なのは「完璧な準備が整うまで待つ」という姿勢ではないかもしれません。レポートが示すように、AIの技術進化は評価・ガバナンス・採用のフレームワークよりも速く進んでいます。(p.68 / Ch.2 Introduction) 言い換えれば、「準備が整ってから始める」タイミングは、理論上いつまでも来ない可能性があります。
大切なのは、リスクを理解した上で、小さく・安全に・測定可能な形で動き始めることではないでしょうか。そのための出発点として、レポートのデータが示す3つの問いに答える形でロードマップを整理してみます。
まず「どこから始めるか」をデータで考える
エージェント型AI(Agentic AI)の展開において、「どの業務から着手すべきか」は多くのITリーダーが悩む問いです。レポートはその判断を助けるデータを提供しています。
マッキンゼーの調査によると、AIエージェントの活用が最も進んでいるのはIT・ナレッジ管理・マーケティング・サービスオペレーション・ソフトウェアエンジニアリングといった機能です。(p.197–198 / Ch.4 Figure 4.3.7) これらに共通するのは「情報処理・ソフトウェア・顧客接点・内部知識業務」という性質です。逆に「戦略・コーポレートファイナンス・リスク・コンプライアンス」は採用率が低く、深い判断を要することが背景にあると考えられます。

出典:Stanford HAI – AI Index Report 2026 — p.197–198(Chapter 4, Figure 4.3.7・4.3.8)/ マッキンゼー・アンド・カンパニー 調査 2025
※着手優先度は筆者がレポートデータをもとに整理したものです。
また、レポートはAIによる生産性向上が「構造化された、測定しやすい業務で最も大きい」と示しています。カスタマーサポートで14〜15%、ソフトウェア開発で26%、マーケティングアウトプットで50%の向上が確認されています。(p.173 / Ch.4 Chapter Highlights #9) まず「効果が測れる業務」から着手することが、ROIを可視化し次への投資判断につなげる上でも合理的です。
着手領域の選び方(筆者見解)
「繰り返し発生する」「ルールが明確」「複数システムをまたぐ」「現状は人手で橋渡ししている」—この4条件が重なる業務プロセスは、AIエージェントによるオーケストレーションの恩恵を受けやすい傾向があります。逆に、例外が多く判断が属人的な業務は、まず人間とAIエージェントの協働設計(Human-in-the-loop)から始めることをお勧めします。
Step 1 — Quick Win
「測れる成果」が出る業務から着手し、社内の信頼を作る
最初のステップは、成功体験を早期に作ることです。前述の通り、AIが生産性向上を実証しやすいのは「構造化された、繰り返し発生する業務」です。カスタマーサポートの一次対応、社内ナレッジの検索・要約、定型レポートの自動生成といった領域は、比較的短期間でROIが測定できます。
重要なのは「AIエージェント単体で完結させよう」と焦らないことです。まずは1〜2ステップの自動化から始め、結果を測定し、社内の信頼を積み上げていく姿勢が長期的な展開を安定させます。
- 生産性向上が測定しやすい業務(カスタマーサポート・社内FAQ・定型レポート)を1つ選ぶ
- KPIを先に定義する(処理時間・対応件数・エラー率など)
- AIエージェントへ提供するコンテキスト・ナレッジを整備する(業務ルール・例外条件・社内用語集)
- Human-in-the-loopのポイントを明示し、判断が必要な場合は人間にエスカレーションする設計を入れる
Step 2 — Scale
成功パターンを横展開し、複数システムをまたぐオーケストレーションへ
Quick Winで得た成功体験と測定データをもとに、対象業務・対象システムを広げていきます。レポートが示すように、AIエージェントが真に価値を発揮するのは「データベースを検索し、ポリシーを適用し、レコードを更新する」といった複数のツールやシステムをまたぐ一連の処理においてです。p.111 / Ch.2 Section 2.6
ただしこの段階では、第2回で整理した「マルチステップになるほど完了は難しくなる」という構造的な課題も顕在化しやすくなります。複数のAIエージェントが連携するマルチAIエージェント設計では、各AIエージェントの役割と権限の範囲を明確にし、エラーが連鎖しない設計を心がけることが重要です。
- Step 1で成果が出た業務の「前後」のプロセスへ対象を広げる
- 複数システム(CRM・ERP・社内DB・チャットツールなど)との接続を設計する
- 各AIエージェントのアクセス権限・実行できるアクションの範囲を定義する
- タスク完了率・エラー発生率・処理時間をモニタリングする仕組みを導入する
Step 3 — Govern
ガバナンスを整備し、全社レベルの競争力に育てる
エージェント型AI(Agentic AI)のスケール展開を阻む最大の壁は「セキュリティとリスクへの懸念(62%)」であることをレポートは示しています。p.143 / Ch.3 Figure 3.3.10 しかし同時に、責任あるAI(RAI)ポリシーを導入した組織の多くが、業務効率の改善(36%)・顧客信頼の向上(30%)・インシデント件数の減少(25%)といった具体的な成果を報告しています。p.144 / Ch.3 Figure 3.3.8 ガバナンス整備は「コスト」ではなく「競争力への投資」として捉えることができます。
また、2025年に日本が制定した「AI研究開発・利活用促進法」は、内閣総理大臣を長とするAI戦略本部のもとで国内企業のAI活用を推進する体制を整えています。p.343 / Ch.8 Table 8.4.2 国としての方向性が定まった今、企業レベルのガバナンス整備を先行させることが、規制対応コストの最小化と競争優位の両立につながるでしょう。
- AIエージェントの利用ポリシー(何ができて何ができないか)を明文化する
- Role-Based Access Control(RBAC)でAIエージェントのアクセス権限を管理する
- すべてのAIエージェントの操作ログを監査可能な形で記録する
- 定期的なRAI(責任あるAI)レビューサイクルを設け、インシデントを学習に変える体制を作る
「実験中」から「スケール」へ:組織規模別の現在地
自社の現在地を把握するために、企業規模別のAI展開ステージのデータも参考になります。マッキンゼーの調査によると、売上高50億ドル以上の大企業では「Scaling以上」が39%に達しているのに対し、1億ドル未満の中小企業では「Experimenting(実験中)」が39%と最も多い層となっています。(p.197 / Ch.4 Figure 4.3.6)

出典:Stanford HAI – AI Index Report 2026 — p.197(Ch.4 Figure 4.3.6)、p.208(Ch.4 Figure 4.4.8・4.4.9)/ マッキンゼー・アンド・カンパニー 調査 2025
注目したいのは、求人市場でのAIエージェント関連スキルの急増です。同レポートによると、「Agentic systems」のスキルはAI求人における割合が2024年の0.88%から2025年には3.26%へと約272%増加しています。(p.208 / Ch.4 Figure 4.4.8)組織としてAIエージェント活用を進めることは、優秀な人材の採用・育成においても競争力に直結していきます。
日本のITリーダーが今、動くべき理由
「AI技術の進歩は、評価・ガバナンス・採用のフレームワークよりも速く進んでいる」
Stanford HAI – AI Index Report 2026 — p.68(Chapter 2 Introduction)
この一文が示すように、準備が整うのを待っていても、技術側は止まってくれません。一方で、無計画に進めばインシデントのリスクが高まります。記録されたAIインシデントは2024年の233件から2025年には362件へと55%増加しています。(p.9 / Key Findings #6)
日本には今、動くための環境が整いつつあります。2025年に制定されたAI法は、国としての方向性と責任体制を明示しました。AI採用率はAsia-Pacific全体で82%に達し、前年から10ポイント上昇しています。(p.193 / Ch.4 Figure 4.3.2)そして何より、競合他社も同じデータを見て、同じ判断を迫られています。
RAIポリシー導入が生む具体的な成果
責任あるAI(RAI)ポリシーを導入した組織では、業務効率の改善(36%)、顧客信頼の向上(30%)、ビジネス成果の改善(28%)、インシデント件数の減少(25%)が報告されています。ガバナンスを「制約」ではなく「競争力の源泉」として位置づけた組織が、次のフェーズをリードしていくことになるでしょう。 (p.144 / Ch.3 Figure 3.3.8)
まとめ:3つのシリーズを振り返って
本シリーズでは、Stanford HAI – AI Index Report 2026を通じて、エージェント型AI(Agentic AI)を取り巻く現状を3つの問いで整理してきました。
第1回では「なぜ導入率が高いのに成果が出ないのか」を、Point Solutionの乱立・セキュリティ不安・ROI測定の難しさという3つの構造的課題から読み解きました。第2回では「なぜAIエージェントはタスクを完了できないケースがあるのか」を、マルチステップの複雑さ・個別タスクと連続工程の性能差・コンテキスト不足という観点から掘り下げました。そして今回は「どこから、どう動くか」を、データに基づいた優先領域とQuick Win→Scale→Governという3ステップで提示しました。
レポートが記録しているのは、AIが「万能ではないが、確実に進化している」という事実です。そしてその進化の速度は、ガバナンスや評価フレームワークの整備を上回っています。だからこそ、「小さく始め、測り、学び、広げる」というサイクルを今始めることが、中長期の競争力を左右するのではないでしょうか。
ITリーダーへの示唆:「完璧を待つ」より「安全に試す」
レポートが描く全体像を踏まえると、今の局面でITリーダーに求められる判断軸は比較的明確に見えてきます。
AIエージェントの能力は、この1〜2年で劇的に向上しました。OSWorldでの精度は1〜12%から66%超へ、WebArenaでは15%から74%超へ — いずれも人間の水準に迫りつつあります。この勢いは今後も続く可能性が高いでしょう。
一方で、「3回に1回の失敗」「判断業務での限界」「ガバナンス不足によるインシデント増加」という現実も直視する必要があります。 この二つの事実は矛盾しているのではなく、「どのような仕組みの中でエージェントを動かすか」が最も重要な問いであることを示しているのだと思われます。
「AI技術の進歩は、評価・ガバナンス・採用のフレームワークよりも速く進んでいる」
p.68(Chapter 2 Introduction)
複数のAIツールを導入しただけでは、このギャップは埋まりません。AIエージェントが複数のシステムをまたいで安全に動き、タスクを完了できない場合に人間へ適切にエスカレーションし、その過程がすべて監査可能である — そうした「オーケストレーション基盤」の設計が、今まさにITリーダーの検討課題になっているのではないでしょうか。
Workatoができること
Workatoのエージェント型AI(Agentic AI)オーケストレーション基盤は、Quick Win・Scale・Governの3ステップすべてに対応するよう設計されています。セキュリティ・ガバナンス・Human-in-the-loopを最初から組み込んだ設計で、「安全に、段階的に、測定しながら」エージェント型AIを展開するお手伝いをします。
さらにWorkatoは、プラットフォームの提供にとどまらず、エージェント型AI活用の実装・運用を効果的かつ効率的に進めるための活用促進フレームワークとして「GEARS for Agentic」を提供しています。AIエージェントの実装プロセスや運用手順のベストプラクティスを体系化したこのフレームワークでは、どのような体制・役割のもとで「何から始めるか」「どう展開するか」「どう継続改善するか」という問いに対し、お客様の組織成熟度や戦略・戦術を踏まえた上で、実態に合ったプロセスや手順の構築を支援します。AI活用ロードマップを描くだけでなく、その実行を確実に前進させる仕組みとして、ぜひご活用ください。
『スタンフォード大学HAI – AI Index 2026 レポートから読み解く』シリーズ
- 『スタンフォード大学 HAI – AI Index 2026 レポートから読み解く』 ①:AI導入率88%の時代、それでもなぜ成果が出ないのか
- 『スタンフォード大学 HAI – AI Index 2026 レポートから読み解く』 ②:AIエージェントが「3回に1回タスクを完了できない」時代に、企業はどう備えるべきか
- 『スタンフォード大学 HAI – AI Index 2026 レポートから読み解く』 ③:日本のITリーダーへ:今すぐ始められるエージェント型AI活用ロードマップ(本記事)
エージェント型AI活用について、Workatoに相談する
Quick Win の第一歩から、全社スケール・ガバナンス整備まで。貴社の現在地と課題に合わせたアプローチをご提案します。
